
工房で作品「反弾琵琶」を見せる敦煌木彫画の代表的伝承者、申洪傑さん。(敦煌=新華社記者/張智敏)
【新華社蘭州11月6日】かつてシルクロードの要衝として栄えた中国甘粛省敦煌市が今、中国各地から新たな仕事や暮らしを求める人々の移住先に選ばれている。歴史文化や自然景観、街の雰囲気に魅力を感じ、民宿やカフェを開く人もいれば、文化・芸術活動に取り組む人もいる。
こうした人々は「敦漂」と呼ばれ、新たな人生を歩み始めるとともに、歴史ある街に新しい発想や活力をもたらしている。文化財の撮影に携わる呉紹侠(ご・しょうきょう)さん(35)もその一人だ。
敦煌市の文化・芸術複合施設「敦煌無界」を見学する観光客。(敦煌=新華社記者/郎兵兵)
呉さんは今年、莫高窟の撮影を始めて11年目を迎えた。所属するデジタル化チームは毎年20~30の石窟で高精細の画像データを収集している。「先人たちは莫高窟そのものを守ってきた。私たちは千年余りの歴史を持つ莫高窟の姿を後世に残したい」と話した。
敦煌の魅力は、石窟に残る文化遺産にとどまらない。敦煌木彫画の代表的伝承者、申洪傑(しん・こうけつ)さん(55)は、2004年に観光で訪れたことをきっかけに移住した。現在では営む店に人が集まり、申さんに弟子入りして敦煌に根を下ろす人もいる。

敦煌市の2階建て公衆トイレ「敦煌浄界」で身だしなみを整える観光客。施設の2階には、丹霞地形に特徴的な岩の縞模様を模した造りになっている。(6月12日撮影、敦煌=新華社記者/郎兵兵)
古くから東西文化交流の拠点だった敦煌は、今も海外の人々を魅了している。ロシア人研究者のオリヤ・プロンキナさんは中国に移住後、敦煌文化国際伝播センターの広報大使に任命された。「敦煌の美しさに翻訳はいらない」という。
文化・観光産業の発展や生活環境の整備に伴い、敦煌に移り住んだ人々の間で定住する人が増えている。25年に敦煌を訪れた観光客は延べ2439万3千人で、20年の3・7倍となった。26年の夏・秋ダイヤの路線網の拡充が進み、敦煌莫高国際空港ではこれまでに42路線を開設し、就航先は国内外28都市に達した。
1956年、文化財の研究に取り組む常書鴻(じょう・しょこう)氏(故人)。敦煌研究院の前身、国立敦煌芸術研究所の初代所長で「敦煌の守護神」と呼ばれる。(資料写真、敦煌=新華社配信)
現地で20年以上にわたり観光ガイドを務めてきた潘暁恵(はん・ぎょうけい)さんは「私が敦煌に残ることを選んだのではなく、敦煌が私を引き留めた」と語った。(記者/文静、何問)

指導教授の鄭炳林(てい・へいりん)氏と意見を交わすロシア人研究者のオリヤさん(左)。(蘭州=新華社記者/馬莎)

莫高窟第220窟で、デジタル化作業に必要な写真を撮影する呉紹侠さん。(敦煌=新華社配信)