
6日、広島市の平和記念公園にある原爆ドーム。(広島=新華社記者/胡暁格)
【新華社北京8月10日】日本各地で核を巡る政府の危険な動きに抗議し、平和主義の理念を堅持するよう求める声が上がる中、原爆投下から81年となった長崎市の平和公園で9日、平和祈念式典が行われ、鐘の音が響き渡った。3日前には広島市の平和記念公園でも同様に鐘が鳴らされた。
毎年鳴らされる「平和の鐘」は、戦争を避けたいという市民の願いを象徴している。しかし、高市早苗首相が広島と長崎の式典で述べたあいさつは、自らつくり上げてきた平和の物語を破綻させる内容だった。
まず、原爆の犠牲者を悼む一方で、原爆投下に至った背景には一切言及しなかった。被爆国としての日本の歴史にたびたび触れる一方、日本の侵略により被害国に数千万人の死傷者を出した事実を故意に矮小化した。被害者の立場を絶えず強調し、加害者としての責任を回避する選択的な語り方には、戦争の勃発から拡大、そして日本の敗戦に至る歴史の因果関係を断ち切り、同情を誘う過程で侵略の罪責を免れようとする意図がある。
5日、広島市の平和記念公園で集会に参加する市民。(広島=新華社記者/胡暁格)
次に、「『非核三原則』を堅持している」と宣言しながらも、今後も堅持し続けるかについては表現をぼかし、現実には核の敷居を巡って繰り返し探りを入れている。高市氏は二つの式典で、日本が非核三原則を引き続き堅持するとは明言しなかった。毎日新聞は、非核三原則を「堅持している」という高市氏の表現は現状の事実関係を説明するにとどまっており、今後も堅持していくかは曖昧にすることで、年末に予定する「安保3文書」の改定に向けて同原則を見直す可能性に含みを残したように見えると指摘した。
日本政府は一貫して非核三原則を核兵器に関する基本政策としてきた。日本は核兵器不拡散条約(NPT)の非核兵器締約国であり、核兵器を受け入れず、製造せず、保有せず、拡散させないことは反論も責任逃れも許されない国際法上の義務で、いかなる駆け引きの余地もない。日本は国際的に「核敷居国」(核兵器の開発能力を持つが保有していない国)と見なされており、大量の分離プルトニウムを保有し、短期間で核兵器開発に踏み切れる能力を意図的に維持している。もし日本が非核三原則を破り、「核共有」を推進し、同盟国の核兵器を国内に持ち込めば、国際的な核不拡散体制や戦後の国際秩序に打撃を与え、地域の安全保障上のリスクを高める。国際社会は強く警戒しなければならない。
9日、長崎市内の平和公園近くで、反戦デモに参加する市民。(長崎=新華社記者/岳晨星)
日本の「再軍事化」を加速させる高市氏の数々の行動は、平和の尊さを説く姿勢とは対極にある。日本は近年、戦後の平和体制の制約を打ち破ろうと絶えず試みている。防衛費の継続的な大幅増額、殺傷兵器の輸出解禁、攻撃能力の拡大、そして「戦える国」づくりの主張まで、一連の行動は既に「平和国家」という理念から逸脱している。日本が先日公表した防衛白書は、いわゆる「安全保障上の脅威」を誇張し、軍備増強の口実を探っており、国内の人々や近隣諸国の厳しい批判を招いている。
日本の軍国主義はかつて世界に深刻な惨禍をもたらし、日本国民にも多大な苦痛を与えた。長崎と広島の鐘は改めて警告を発している。日本の政権当局は侵略の歴史を直視し、戦争の教訓をくみ取り、平和への約束を厳守し、核保有の野心を捨て、非核三原則を堅持し、「新型軍国主義」という後戻りできない道への無謀な暴走をやめてこそ、自国民に対する責任を果たし、アジアの近隣諸国や国際社会から信頼を得ることができる。