「千年の磁器の都」の窯火を支えた村 中国・景徳鎮礼芳村

「千年の磁器の都」の窯火を支えた村 中国・景徳鎮礼芳村

新華社 | 2026-07-21 22:39:45

空から見た礼芳村。(ドローンから、資料写真、景徳鎮=新華社配信)

 【新華社南昌7月21日】中国江西省景徳鎮市は「千年の磁器の都」と呼ばれる。精美な磁器の産地として古くから世界に知られてきたが、この町の窯の火を絶やさぬよう支えてきた燃料が、山奥の古い村落で作られてきたことを知る人は少ない。

 同市浮梁県蛟潭(こうたん)鎮礼芳村。景徳鎮市街地から昌江支流をさかのぼった山中にあり、500メートルの古い街並みには明清時代の建物が散在している。磁器は生産しないが、数百年にわたり景徳鎮の磁器産業と深いつながりを持ち、明清時代から1970年代まで、村は景徳鎮にとって最も重要な窯用まきの供給地の一つだった。周囲に自生している馬尾松というアカマツは、油脂を豊富に含むため燃焼時間が長く、かつ短時間で高温に達し、焼成の過程で予期しない色彩や模様が偶然に生じる「窯変(ようへん)」を引き起こすことができることから、磁器職人に重宝されてきた。

礼芳村の牌坊(はいぼう)。(資料写真、景徳鎮=新華社記者/陳浚武)

 明の万暦年間(1573~1620年)に、李潜竜(り・せんりゅう)という人物がまき産業を興し、山林資源を株式のように一族に分配して必要な時に売却して現金化できるようにした。これにより収益化までに20~30年を要する山林経営の難題を巧みに克服した。現存する石碑「礼芳分山図」には、山林の分割と分配の細則が記されており、研究者から明清時代の農村の「株式制経済」を今に伝える重要な史料と見られている。

 村の人々は、風で種を飛ばして森を育てる自然繁殖法も編み出した。母木を残し、幼木を保護し、枯れ枝や落ち葉を燃やして肥料とすることで、馬尾松の持続可能な伐採を実現した。切り出されたまきは山を転がり、水路を下り、船着き場から船で昌江へ運ばれた。山の渓流に浸されたまきは、さらに火持ちが良く、炎も穏やかになり、陶磁器をより均一に加熱することができた。山に点在する「堆澎(たいほう)」と呼ばれるまきの計量場は、この生産・輸送方式の緻密さや知恵を物語っている。

礼芳村の路地。(資料写真、景徳鎮=新華社記者/陳浚武)

 歳月が流れ、まき産業は過去のものとなったが、村が寂れたわけではない。近年は民家の改修も進み、かつての先祖を祭った祠堂も総合活動施設に生まれ変わり、古い家屋は文化サービス施設や文化遺産保護協会に改築された。工房では無形文化遺産の手工芸が受け継がれ、アグリツーリズム施設や民宿では地元の食材を使った郷土料理が提供されている。古い街並みはもはや「歴史の標本」でなく、触れて感じられる生活空間となっている。(記者/陳浚武、郭思縁)

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