
新華社のオンライン取材後、パンダのぬいぐるみを手にポーズを取る羽生結弦さん。(東京=新華社配信)
【新華社東京7月20日】フィギュアスケート男子シングルで五輪2連覇を果たした羽生結弦さんが、プロ転向4周年を前に新華社のオンライン取材に応じた。新華社との対談は1年半ぶり。2022年7月19日に競技会から退くことを表明して以降も、自らの表現を追求しながら、新たな氷上の物語を生み出し続けている。
競技者時代は、五輪で金メダルを獲得することや4回転半ジャンプを成功させることなど、具体的な結果を目標にしてきた。しかし、プロになって自由度が増したことで、かえって目標を定めるのが難しくなったという。
羽生さんは「プロ転向当初は、正直あまり目標がなかった」と振り返る。その上で、「目標がなかったから『目標を達成できた』とは言えないかもしれない。でも、その時その時の最高の状態を目指してしっかり努力してきたと思うし、振り返ってみると、すごくいい作品を世の中に届けられたと思っている」と語った。
プロ転向後は、自ら出演し、制作総指揮も務めるアイスショー「ICE STORY」シリーズを展開してきた。23年から毎年3月に宮城県で開催している「notte stellata」も、羽生さんを代表する公演の一つとなっている。
作品づくりで意識するのは、他のスケーターとの違いではないという。「自分がこう表現したい、この曲をこう感じた、この音楽で滑ってみたい、という思いがある。見に来てくださる方の期待に応え、さらにそれを上回るにはどうすればよいかを常に考えているが、周りと比べることはあまり考えていない」と話した。
中国に多くのファンがいることも知っている。言葉や文化の異なる人々にも届く作品をつくりたいとの思いを示し、「本当にいいもの、本当にきれいなもの、本当に素晴らしいものは、国境や言語、文化を越えて、素晴らしいと感じてもらえるものだと思う。そういうものをつくっていけたら」と語った。
羽生さんは、日本の伝統的な題材や和の音楽を取り入れたプログラムも数多く演じてきた。文化的背景が異なっても、芸術の魅力は伝わると考えている。「物事の見え方も、呼吸や言語のリズムも全く違うかもしれない。それでも、そこに素晴らしさを感じることができる。それは、言葉ではない芸術だからこそできることだと思う」と述べた。
今後については、スケートを終えた後の人生設計を具体的には考えていないという。羽生さんは、スケートとの出会いには、いつか訪れる別れも含まれているとの認識を示した上で、「これ以上できないと思ったら、きっとすっぱりやめると思う。でも、それまでは皆さんの前で胸を張って演技できる自分を維持し、さらに進化させ続けたい」と意欲を示した。
羽生さんは16歳だった11年、故郷の仙台市で東日本大震災に遭った。停電した街の夜空に瞬く星々は、暗闇の中で希望の光となった。「notte stellata」はイタリア語で「満天の星」を意味し、震災の記憶や、その後も生きていく人々への思いが込められている。
震災について羽生さんは「あの出来事があったからこそ、いろいろなことを学び、いろいろなことに傷つき、そこから立ち上がろうと頑張ってきた」と振り返った。今も世界各地で苦しんでいる人がいることに触れ、「それでも、自分がスケートを続けていられることに感謝しながら、自分が今生きている意味を全うできたらと思っている」と語った。(記者/銭錚)