300年の時を超えて、1冊の古籍「天工開物」が語る中日文明交流

300年の時を超えて、1冊の古籍「天工開物」が語る中日文明交流

新華社 | 2026-05-28 16:41:45

江西省の分宜県図書館が所蔵する日本古版本の「天工開物」の実物。(資料写真、分宜=新華社配信)

 【新華社南昌5月28日】中国江西省新余市の分宜県図書館は、さまざまな年代の異なる出版社が刊行した「天工開物」218種類を所蔵している。うち日本語版は8種類に上る。

 「天工開物」は明代の科学者、宋応星(そう・おうせい)が同県で教諭を務めていた頃に編さんした技術書。古代の農業と手工業18分野の生産技術が体系的にまとめられ、初版は1637年に刊行された。日本語やロシア語、英語など多くの言語に翻訳され、東アジアや欧州に広く伝わった。英国の科学史家ジョセフ・ニーダムは同書を「17世紀中国の工芸百科全書」と評した。

 世界初の翻刻本(外国で出版された原書を底本として複製出版したもの)は1771年、大阪の書商・柏原屋佐兵衛が刊行した「菅生堂刻本」となる。

 南開大学外国語学院日本語学科の蔣雲斗(しょう・うんとう)副教授によると、「天工開物」が日本で急速に広まった背景には、120点余りの豊富な図版がテキストと対応し言葉の壁を低くした点、江戸時代の平和な発展期における農業や手工業の技術革新需要と合致した点、さらに当時成熟した商業出版システムの後押しがあった点が挙げられる。

江西省の分宜県図書館で日本のメディア代表団に「天工開物」伝播について解説する鍾梅根(しょう・ばいこん)館長(左端)。(2023年11月15日撮影、分宜=新華社配信)

 海外で高い評価を受けた一方、中国国内では波乱の歴史をたどった。1772年、清朝が「四庫全書」を編さんした際、「北虜」「東北夷」などの表記を理由に禁書とされ、その後伝承がほぼ失われた。1914年、地質学者の丁文江(てい・ぶんこう)が菅生堂刻本を入手し、国内への再紹介を決意。尽力の結果、27年に天津で石印本(石版で印刷された書籍)が出版された。

 海外へ渡り定着し逆輸入された「天工開物」は、中日間の学術交流と文明の懸け橋を示す生きた証しといえる。

 分宜県図書館の鍾梅根(しょう・ばいこん)館長は、2023年11月に日本のメディアの代表団7人が同館を訪れた時のことを振り返り「一地方都市がこれほど完全な版本の系譜を有することに驚嘆し、書物の誕生から日本への伝播、中国へ帰るまでの経緯を詳しく尋ねた」と述べた。

 立教大学名誉教授で中国人民大学の外国人専門家の小峯和明さんは、「天工開物」は生活の根源から人と自然の関係を再考し、科学技術の発展経路を顧み、手工業文化を再評価する上で重要な示唆を与えると指摘した。(記者/郭思縁)

江西省の分宜県図書館に設けられた「天工開物」専門展示室の一角。(資料写真、分宜=新華社配信)

江西省の分宜県図書館が所蔵する「天工開物」に関する資料。(資料写真、分宜=新華社配信)

江西省の分宜県図書館が所蔵する日本古版本の「天工開物」の実物。(資料写真、分宜=新華社配信)

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