
18日、集安市博物館で公開された「晋高句驪帰義侯」馬鈕金印。(長春=新華社記者/張博宇)
【新華社長春5月20日】中国吉林省集安市の集安市博物館で18日、西晋時代(265~316年)に作られた「晋高句驪(こうくり)帰義侯」馬鈕(ばちゅう)金印の収蔵記念式典が開かれ、一般公開された。
西晋の朝廷が高句麗王に授けた金製の璽印(じいん)で、印鈕(印章のつまみの部分)と本体が一体鋳造されている。印面は2・4×2・3センチで、全体の高さ2・8センチ、印台の高さ0・6センチ、重さ約88グラム。印面に陰刻の篆書(てんしょ)で「晋高句驪帰義侯」の7文字が刻まれている。

18日、集安市博物館で公開された「晋高句驪帰義侯」馬鈕金印。(長春=新華社記者/張博宇)
集安市高句麗歴史文化研究センターの尚彦臣(しょう・げんしん)副主任によると、「晋高句驪帰義侯」金印は中央王朝が高句麗に下賜したことが確認できる唯一の金製璽印で、西晋王朝が高句麗の首長に授けた冊封の証しであり、中央王朝が東北の辺境地に有効な行政管理を行っていたことを示す実物資料となる。
金印は中国の競売大手、中国嘉徳国際オークションが香港で開いた2025年春季オークションで篤志家が1079万7千香港ドル(1香港ドル=約20円)で落札し、その後、集安市博物館に寄贈した。

18日、集安市博物館で公開された「晋高句驪帰義侯」馬鈕金印。(長春=新華社記者/張博宇)
高句麗は漢から唐の時代に渾江(こんこう)流域と鴨緑江中流域で活動した民族集団で、前漢元帝の建昭2(紀元前37)年に扶余の王子・朱蒙(しゅもう)が現在の中国遼寧省桓仁(かんじん)県に高句麗政権を樹立。後漢平帝の元始3(紀元3)年に現在の吉林省集安市に遷都し、以後425年にわたり同地を都とした。2004年には「古代高句麗王国の首都と古墳群」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録された。(記者/張博宇)

18日、集安市博物館で公開された「晋高句驪帰義侯」馬鈕金印。(長春=新華社記者/張博宇)

18日、集安市博物館で「晋高句驪帰義侯」馬鈕金印を撮影する人たち。(長春=新華社記者/張博宇)