
サットン氏の日記。(資料写真、南京=新華社配信/鄒徳懐)
【新華社北京4月27日】東条英機ら日本のA級戦犯28人が正義の裁きを受けた極東国際軍事裁判(東京裁判)は1946年5月3日に東京で開廷した。
この裁判が始まる数カ月前の46年早春、同裁判に参加したサットン米検事補が日本軍の中国における戦争犯罪の調査、特に南京大虐殺に関する証拠収集の任務を負って中国に派遣されたことはあまり知られていない。当時51歳だったサットン氏は3年近くにわたり、日々の調査で得た情報や証人の証言、法廷での様子などの詳細を一つ一つ日記に書き留めていた。
裁判開廷から80年の節目を迎える今年、サットン氏の日記の原本や同氏が書いた「中国に関する報告」などの関連史料を、1990年代生まれの収集家、鄒徳懐(すう・とくかい)さんがオークションで落札し、中国に持ち帰った。侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館の周峰(しゅう・ほう)館長と日本軍南京大虐殺史研究会の専門家、楊夏鳴(よう・かめい)氏らによる鑑定の結果、日記は全てサットン氏の直筆で、46~48年にかけての東京裁判の任務期間中における詳細が数多く記録されており、これまで中国語圏では一切の記載が見られなかった、南京大虐殺の資料史における重要な発見であるとの認識で一致した。

サットン氏の遺品。(資料写真、南京=新華社配信/鄒徳懐)
周氏はサットン氏について「南京などの地に最も早く赴いて調査を行った(極東国際軍事裁判における)国際検察局のメンバーの一人で、南京大虐殺事件の審理においてかけがえのない役割を果たした」と語った。
20年前からサットン氏に注目し研究を進めてきた楊氏は、サットン氏の日記が歴史の現場をありのままに再現し、心の中の思いを記録するとともに、当事者の視点で証拠の入手や証人の選定、訴因の整理など重要な過程を網羅していると述べた。

サットン氏の日記を見せる鄒徳懐さん。(資料写真、南京=新華社記者/蔣芳)
日記の中で、南京大虐殺に関する調査内容が中心を占めている。「中国に関する報告」の内容は、南京大虐殺の暴虐行為や日本の中国に対する経済侵略、日本の占領地域におけるアヘンと麻薬の取引などの重要な史実を網羅している。
専門家は、サットン氏の日記が公開され、さらに「中国に関する報告」の原本が世に出たことにより、既存の公文書や史料と相互に裏付け合うことができると指摘。公的な裁判記録とは異なる私的な記述は、日本軍による中国侵略の暴虐行為に対するサットン氏の衝撃と戦争への深い反省に満ちており、民族の悲劇をより直接的かつ確実な姿で永遠に記憶に残されることとなったと述べた。

東京裁判の初公判に関する内容を記したサットン氏の日記。(資料写真、南京=新華社配信/鄒徳懐)

サットン氏の遺品。(資料写真、南京=新華社記者/蔣芳)

中国侵略日本軍が長江沿いで機関銃を使って中国人6千人を処刑したと記したサットン氏の日記。(資料写真、南京=新華社配信/鄒徳懐)

サットン氏が記した「中国に関する報告 民間人への暴虐行為・南京大虐殺」。(資料写真、南京=新華社記者/蔣芳)