
劉従吉墓出土の磁器。(資料写真、大同=新華社配信)
【新華社太原4月11日】中国山西省の大同市考古研究所はこのほど、明代夫婦合葬墓の発掘調査に関する情報を公表した。被葬者は大同出身の貢生(こうせい=地方から推薦されて国立大学の学生となった人材)、劉従吉(りゅう・じゅうきつ)と妻の許氏で、劉従吉は貢生の身分から陝西省韓城知県(県の長官)に抜擢された。今回の発掘調査は、明代官吏選抜制度の研究に貴重な資料をもたらした。
墓は同市雲州区東馬荘村の南370メートルの場所にある。長い傾斜墓道を持つ磚室墓(せんしつぼ、磚=れんが)で、大同市考古研究所が2024年に緊急発掘した。

劉従吉墓出土の「万暦年」墓磚。(資料写真、大同=新華社配信)
出土した墓銘磚、銘旌(めいせい=故人の姓名・官位などを記した旗)、ひつぎを覆う布から、被葬者が明文林郎韓城尹劉翁と妻の許氏だと分かった。生年は明の嘉靖10(1531)年12月15日、没年は万暦43(1615)年8月22日で享年85歳。ひ孫が埋葬した。文林郎は正七品(知県など)の位階、韓城尹の尹は知県の雅称を意味する。
発掘調査の現場責任者、同研究所の楊豪傑(よう・ごうけつ)氏によると、生没年と当時の地理志「明万暦韓城県志」を照合した結果、被葬者が大同出身で選貢制度により貢生となった劉従吉と分かった。劉は万暦4~7年に韓城県令を務めた。

劉従吉墓出土の木製供物台と上に置かれていた燭台、箸、皿。(資料写真、大同=新華社配信)
「選貢は明代の人材選抜制度の一つで、品行と学力に優れ、働き盛りで有能な者が選ばれた」。楊氏は、貢生は官職に就く資格があり、劉従吉も貢生から県の長官に登用されたと説明した。
墓からは副葬品50点(組)が出土した。木製品が中心で、磁器や銅器、織物なども少量が含まれた。中でも供物台に置かれた燭台3点、箸2膳、皿2枚、くし、化粧箱各1点、磁器杯2点が注目を集め、400年以上前の生活シーンを再現していた。
楊氏は、劉従吉夫婦墓は保存状態が良く、造営も工夫が凝らされ、副葬品が多く、大同と周辺地域では比較的珍しい発見だと指摘。明代の官吏選抜制度や社会生活、葬送文化などを研究する上で重要な意義を持つと語った。(記者/王学濤)

劉従吉墓出土の銅盆、銅鏡、銅鈴、錫壺などの金属器。(資料写真、大同=新華社配信)

劉従吉墓出土のひつぎを覆う布。(資料写真、大同=新華社配信)
劉従吉墓出土の木製燭台。(資料写真、大同=新華社配信)
劉従吉墓出土の磁器杯。(資料写真、大同=新華社配信)

劉従吉墓出土の銘旌。(資料写真、大同=新華社配信)

劉従吉墓出土の木製のくし。(資料写真、大同=新華社配信)