
侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館の毒ガス実験に関する解説。(ハルビン=新華社配信)
【新華社ハルビン2月7日】中国黒竜江省ハルビン市の侵華日軍第七三一部隊(731部隊)罪証陳列館は6日、新華社の取材に対し、2025年の日本の参議院予算委員会で共産党議員が同部隊の人体実験の証拠として取り上げた資料「黄(きい)弾射撃による皮膚傷害ならびに一般臨床的症状観察」について解説した。同資料は731部隊による毒ガスを使った人体実験について、現時点で確認できる比較的完全な報告書となる。

池田苗夫が作成した実験報告書のコピー。(ハルビン=新華社配信)
同館の金士成(きん・しせい)研究員によると、資料は42ページで、731部隊の軍医、池田苗夫が作成し、表紙には「加茂部隊池田少佐担当」と記されている。1940年9月7日から10日に20人の被験者を用いて実施された野外での黄弾(びらん性毒剤)射撃、毒ガス水溶液の経口投与と人体への接種など複数の実験が詳細に記録され、番号のみで記された被験者は最終的に全員死亡した。

資料を読み解く侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館の職員。(ハルビン=新華社配信)
実験の価値を最大限引き出すため、被験者のうち9人は複数の実験に用いられた。黄弾射撃の人体実験で池田は16人の被験者を偽装掩体(えんたい)や塹壕など異なる環境に強制的に配置。第1実験区の被験者は普段着と下着、スリッパのみを着用し、防毒マスクなしで毒ガス弾の攻撃にさらされた。日本軍は実験区域に数千発の毒ガス弾を発射し、うち第3区域の発射数が4800発に達した。報告書には、攻撃後12時間で皮膚に水泡が現れ、12~24時間で呼吸障害が起き、48時間後には各種症状がピークに達するなど、被験者の病理変化が時間ごとに詳細に記録されていた。
金氏は「日本政府は1964年に資料の寄贈を受けていたにもかかわらず、長らく『資料は存在しない』としてきた」と指摘。731部隊の犯罪証拠の隠蔽(いんぺい)は、侵略の歴史にふたをし、責任を回避する戦後日本のいつもの姿勢だと批判した。(記者/楊思琪、王祚)

池田苗夫が作成した実験報告書のコピー。(ハルビン=新華社配信)

731部隊の毒ガス貯蔵室と毒ガス実験室。(ドローンから、ハルビン=新華社配信)