
四川省成都市の人民公園にある成都大爆撃記念碑。(成都=新華社記者/李洪磊)
【新華社成都2月5日】20年前、日本の中国侵略戦争で無差別爆撃を受けた四川・重慶地区の民間人被害者らが、日本政府を相手に謝罪と賠償を求める裁判を起こした。2006年10月の東京地裁での初公判から19年12月の最高裁棄却まで、訴訟は13年に及んだ。
原告団の1人、成都大爆撃被害者の子孫の楊小清(よう・しょうせい)さんがこのほど、15年の東京地裁の一審判決書を四川省成都市の成都市档案館(公文書館)に寄贈した。判決は、旧日本軍による重慶、成都、楽山、自貢、松潘に対する爆撃を事実として認定したものの、原告側が求めた謝罪と賠償の訴えは退けた。訴訟はその後、控訴審、上告審へと続いたが、判決はいずれも一審判決を支持した。
四川大学法学院の国際法専門家、金明(きん・めい)氏は「日本軍による重慶、成都などへの爆撃は、日本の中国侵略戦争の重要な一部をなしていた」とし、日本は軍事目標主義を主張したが、実際は商業地や住宅地などに対する大規模な無差別爆撃だったと指摘。「戦後に東京で開かれた極東国際軍事裁判は日本の戦犯を裁いたが、日本軍機が重慶などで民間人を爆撃した罪は起訴されず、民間人虐殺という日本の非人道的犯罪行為はいかなる清算もされていない」と述べた。
2004年4月、多くの爆撃体験者、研究者、さらに日本の弁護士らの働きかけにより、重慶大爆撃被害者による対日民間賠償請求原告団が結成された。北京大学歴史学部の徐勇(じょ・ゆう)教授や日本の一瀬敬一郎弁護士、四川君益法律事務所の徐斌(じょ・ひん)弁護士らが、四川や重慶各地の爆撃被害者を訪ね歩き、重要証拠を収集した。
15年2月25日の東京地裁の一審判決は、1938年2月から43年8月にかけて日本軍が重慶と四川省各地を爆撃し、民間人を死傷させた事実を認めたが、中日共同声明で中国が戦争賠償の請求を放棄したことや、個人に国際法上の訴訟資格がないことなどを理由に、賠償と謝罪の訴えは退けた。2019年12月の最高裁判決も一審判決を支持した。
戦争被害者個人に国際法上の賠償請求権はあるのか。金氏はこの問題について、第2次世界大戦後の国際法の実践で徐々に明確になり、答えは肯定的だと指摘。旧ユーゴスラビアに関する二つの国連総会決議を例に挙げ、いずれも「民族浄化の被害者は被った損害の合理的な賠償を受ける権利」を認めていると説明した。日本が旧交戦国と締結した平和条約でも国家賠償請求権と個人賠償請求権が区別されていると述べた。
中国は自国民の対日個人賠償請求権も放棄したのか。一瀬、徐、金各氏など中日の法律専門家は、中日共同声明の「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」との記述は、中国が国民個人の賠償請求権まで放棄したことを意味するものではないと指摘した。
多くの口実で賠償を逃れようとしても、数々の確かな証拠が示す事実は反論を許さない。徐氏は「日本での裁判は敗訴したが、判決は日本軍による重慶、成都などでの大爆撃の加害の事実を認定した。歴史的事実を判決の形で確定させたことは部分的な勝利といえる」と語った。